NO.70
「日本絹の里」再び〜子どもの晴れ着とちりめん細工展〜      (2009.4.10 学芸員・尾崎織女)

 2007年秋に展覧会『暮らしの中のちりめん細工』でお世話になった群馬県の「日本絹の里」から再びご依頼をいただき、5
▲展示シミュレーション風景〜「宮詣りの晴れ着」女児用のコーナー〜
月23日から7月13日にかけて、『子どもの晴れ着とちりめん細工展』を開催する運びとなりました。


 今回は、当館のコレクションの中から、明治・大正時代の子どもの着物をとりあげ、初宮詣り、食い初め、七五三、端午の節句や桃の節句など、儀礼の折に登場した晴れ着の数々を、子育てのお細工物(ちりめん細工)とともに紹介する企画です。
 先方の担当学芸員と協議して展示構成を決めた後、一週間ほど作業場にこもって展示のシミュレーションを行い、約300点を選定したところです。

 着物の紹介においては、晴れ着に見られる袖の形、後ろ身ごろの背中にあたる部分にもうけられる「背縫い」や「背守り」の造形、また「紐飾り」の意匠、着物の文様として選ばれる題材(花鳥草木、吉祥、器物、玩具)などに着目して展示構成しています。
 そこに、涎掛けや帽子、守護札を収めた守り袋や住所を書き付けた迷子札、お守りとして子どもの傍に置かれた人形袋など、子どもたちの無事な成長を願って作られたお細工物をあわせて、当館ならではの伝統手芸の世界を拓こうと考えています。



▲展示シミュレーション風景
 〜子どもの晴れ着とちりめん細工の意匠(デザイン)・玩具

▲展示シミュレーション風景
〜「儀礼と節句の晴れ着」のコーナー〜
よだれかけをつけた市松人形(女の子)
▲一つ身着物を肩あげして着せ付けた
市松人形(男の子)・・・・背中には「背
守り」が付けられています。


 かつての子育て習俗の一端を知る意味でも、明治・大正時代に好まれた子どもの着物のデザインを理解する意味でも、また、ちりめん細工を愛好される方々には、作品の題材の参考としても面白い資料がたくさん登場する展覧会です。
 5月23日の会期初日には展示解説会、また会期中に2回、ちりめん細工の講習会が予定されています。関東方面の方々には、是非とも日本絹の里をお訪ね下さいませ。これからしばらく作品解説の原稿書きやコーナー解説パネル製作などに時間をいただきますが、初日は愛らしい着物がずらりと並んだ会場で、ちりめん細工作品とともに私どもも皆さまのご来場をお待ちいたしております。
  日本絹の里のホームページ http://www.nippon-kinunosato.or.jp/



NO.69
リカちゃん&ジェニーの世界展オープン!           (2009.3.2 学芸員・尾崎織女)       


 「<リカちゃん>という名前を聞くだけで、私もこの子たちもわくわくするんです。・・・」
 今日も、そんなふうに言いながらご来館下さる母娘連れがありました。4才のお嬢さんの手には毎日、一緒に遊んでいるとい
リカちゃんをもって来館した松本朱音ちゃん(4才)
うピンクの髪のリカちゃんが握り締められています。「この子にたくさんのお友だちを見せてあげたい。」と、自分のリカちゃんを展示ケースの中のリカちゃんに向き合わせるように展示をめぐる少女の様子に、私はとてもうれしくなりました。

 2月28日のオープン以来、たくさんの家族連れの来館があり、1号館企画展示室はいつも以上に賑やか。滞在時間もとても長いのです。お母さんと娘、それにおばあさまを加え、三代で楽しんでいかれる様子も見受けられます。お母さんには、友人たちと着せ替え遊びをした子ども時代の思い出、小さな女の子には、今の興味にぴったり当てはまる世界、おばあさまには、自分の娘たちに着せ替え服を作ってあげた記憶・・・・・・。

リカちゃん初代・二代目
 昭和42(1967)年生まれで、40年以上にわたって現役を続けている「リカちゃん」は、今を生きる女性たちにとって、幸せな少女時代を象徴する共通言語のようです。楽しそうな来館者の様子を通して、そのことを実感しています。株式会社タカラ(現在のタカラトミー)が企画製造したキャラクタードールですが、少女たちの夢と期待に確実に応えながら、デザインのマイナーチェンジを繰り返し、バリエーションを増やし、着せ替え遊びやごっこ遊びの方法をも繊細に充実させてきた「リカちゃん」の世界は、すでに一企業が創出したマスプロダクトな商品をこえるものなのかもしれません。

 かねてよりお付き合いのある日本ヴォーグ社から、雑誌のモデルに使われたリカちゃんやジェニー、それに関連する資料の寄贈を受けたのは昨年春のことでした。ある程度の整理は進めていたのですが、それらを展示するとなると、また何もかもが違ってきます。開催前から、数多くの企画展情報が流れ、神戸新聞夕刊一面トップに掲載されたり、NHKが報道してくれたり、各紙地方版にもぞくぞくと記事があがっていたので、期待の声があちこちから寄せられ、マニアの方々も含めて、早く観たい!との問い合わせも非常に多く、プレッシャーを受けながらの準備作業でした。

 人形たちは、服飾作家が着付けた衣装を見せるための雑誌モデルとして使われたものがほとんどで、もともとの衣装を外され、髪型などもデザインが変えられて、多くは裸の状態で入ってきました。けれど、人形たちにはすべて、何年の、何というタイプの、何というシリーズであるという、製造時の決まりがあります。その決まりごとと、出版社がプロデュースした作家衣装・帽子・靴・アクセサリーなどとの間で、同じ一体の人形が右往左往。 私たちは、500体の人形と1000種類に及ぶ衣装や小物を、膨大な資料に照らしながら結び合わせる作業に右往左往。 ものすごく手間取ったのでした。
日本ヴォーグ社の雑誌に掲載された
ジェニーとその衣装

 人形に詳しいスタッフとふたり、その作業は深夜まで続き、1〜2週間ほど、2〜3時間睡眠の日々を続けたせいで、展示する頃には、何もかもが人形の衣装にみえ、何もかもがジェニーやリカちゃんに見えてきました。テレビで黒柳徹子さんの髪型を見ても、朝、ご近所の奥さんのダウンジャケットを見ても、ジェニーが思われました。ついには、夢に人形たちが登場するようになり、明け方、人形が耳元でささやきます。「私、マリーンよ。赤いベルベットのヘッドドレスね、ジェニー・エクセリーナが着けてるの。私に返して頂戴!」なんて…。

 昭和62(1982)年に誕生したタカラ・バービーを前身とするファッションドール・ジェニーは、リカちゃん以上といえるバリエーションを誇っています。ノーマル(スタンダード)タイプにはじまって、 エクセリーナ、18歳ジェニー(プリンセスジェニー・ミスジェ二ー・グレイシージェニー)、15歳ジェニー、1991年フェイスジェニー、エンジェルズガーデンジェニー、フォトジェニック、Newジェ二ー……。ファッションブランドとのタイアップをふくめ、「そこまでやるのか!?」「そこまで出来るのか?!」と驚いてしまうほどの情熱によって、繊細かつ大胆に互いに差異をもった個体が増殖されていきます。「バリエーションの充溢」 は、郷土玩具や伝統人形にも見られる日本的モノづくり文化のキーワードだと思いますが、リカちゃんやジェニーにおいても、、それと同じ特性が示されているのかもしれません。

 展示への準備作業を通して、私たちに様々なことを気付かせてくれた「リカちゃん」と「ジェニー」ですが、また、これから来館される多くの方々との出会いによって、さらに広がりのある展覧会にしていきたいと思っています。


NO.68
84歳のお雛さま                   (2009.2.20 学芸員・尾崎織女)


 昨日、春の特別展『雛遊びの世界』の会場へ懐かしい方々の訪問をお受けしておりました。1995年、阪神淡路大震災の年に
懐かしい女雛と再会された小林さんと黒田さん
「源氏枠飾り雛」一式を寄贈下さった小林嘉子さんとその妹君の黒田純子さん、そして「御殿飾り雛」を寄贈下さった明松マサ子さんです。
 家の倒壊や転居によって行き場を失った雛人形が当館の収蔵庫に眠っていることは折にふれてご紹介してきましたが、150組を超える雛飾りのそれぞれには持ち主の人生の歩みと愛着が込められ、モノには、金銭的な価値や美術工芸的価値とはまた違った次元の価値が存在することを私たちに教えてくれます。

 小林嘉子さんと明松マサ子さんはともに大正14年生まれ。1995年春、尼崎市と神戸市垂水区でそれぞれ被災された小林さんと明松さんは、少女時代の思い出が詰まった雛飾りを手元に保管することが出来なくなり、私たちの博物館へとお預け下さいました。
 どちらも経年劣化と震災時の傷みが見られましたが、少々修理の手を加えて、1996年春の特別展『被災地からきた雛たち』に展示させていただいたところ、展示品のキャプション(品名や製作年代、寄贈者などを明記した題箋)をご覧になることで、お二人は互いに女学校の同級生であることに気付かれたのでした。卒業以来、一度も会っていなかったというお二人の交流は、お隣に並べられた雛人形がとりもつご縁によって再開したのです。
インタヴューをお受けになる明松さんと小林さん
 以来13年――、節句が近づくと、ご自身の雛飾りが展示される時もされない時も、お二人揃って何度となく当館をお訪ね下さり、私たちの博物館で雛祭りを楽しんでいらっしゃいました。

 昨日は、会場にNHK神戸放送局のカメラが入っており、雛人形と持ち主との再会についての取材がありました。
 「女雛さまには母のおもかげがあるんです」と明松さんがお話しになれば、小林さんや黒田さんも「おっとりとして穏やかな美しさが母を思わせるお雛さま」と笑みを浮かべておっしゃいます。

 太平洋戦争、大水害、そして震災…。雛人形とともにあった時代のことをあれこれ伺いながら、大正14年生まれの雛人形とその主人たちがともに生きてこられた84年の歳月に想いをはせてみました。すると、雛人形の上に、作り手が、求め手が、使い手が、心を込めて関わり続けた、それぞれにとって特別な歩みがゆらめいて感じられたのです。
 「物の中に潜む大切なものは目に見えない」――サンテグジュペリの『星の王子さま』のメッセージが想い起こされたことでした。





NO.67
春を迎えた展示室                (2009.2.9 学芸員・尾崎織女)

深夜の展示作業……

 春恒例の雛人形展が始まり、玩具博物館にも陽光の季節がめぐってきました。今回は、『雛遊びの世界』と題して、江戸末から明治・大正を経て昭和30年代までの雛人形と雛道具を一堂に集め、雛飾りの移り変わりをたどります。桃の節供(句)に遊ばれた白木の勝手道具や、桃の節句にいただく雛料理の小さな器の数々も合わせて展示し、一見、静的に感じられる雛飾りの中に、動的な遊びの様子を探していただけたら、と思っています。
江戸型古今雛(江戸時代後期)
 冬の展示物を梱包して収蔵し、ケース内を清掃したのち、雛人形を展示する作業には毎年、5日間ほどを要します。しんしんと冷える深夜、生命を象徴するような緋色の毛氈を敷き詰め、馴染みの古雛たちを出していく時間は、得もいわれぬ静けさに包まれています。玉眼がキラリと光る江戸古今雛のまなざしの中には150年を越える歳月が閉じ込められているようで……。白玉がたわわに下がる天冠のかすかな揺れからは、幕末の薫りが漂うようで……。すべてのケースの展示が完了したとき、心を澄ませて雛飾りを見渡せば、あちこちの雛さまたちが声を揃えて「ヤァ!」「オゥ!」と小さな歓声を上げるように感じられました。

 毎年おなじみの雛人形もあれば、久しぶりに登場したものもあり、また今回、初公開の雛飾りも数組展示しています。木々に花咲く季節、どうぞお誘い合わせの上、古雛たちに会いにお越し下さい。


 さて、昨年12月13日にオープンした北九州市立小倉城庭園での企画展『ちりめん細工・春の寿ぎ展』は、会期の半分を過ぎました。冷え込みの厳しい季節ですが、例年をはるかに上回る来館者があるそうです。皆さん一様に非常に満足して帰っていかれ、来館者は口コミもあってか徐々に増えていく傾向だと、先方のご担当者からうれしい便りをいただきました。「ちりめんで作るお手玉雛」の講習会も定員20名のところに、100名ほどの応募があり、定員をふやして3回分の講座を増発することになっています。


傘飾り制作風景                                     完成した傘飾り

 また、こちらの企画展には、会期後半のお楽しみを設けています。来る2月21日から会期終了の3月8日まで、展示室本館の展示に加え、庭園のお座敷に桃の節句の傘飾りを展示する予定で、昨日、大型11基、小型10基の傘飾りを送り出したところです。
 これらの傘飾りのうち、大型7基、小型6基は、この展示に向けて、昨年より「日本玩具博物館ちりめん細工の会」のメンバーが共同制作したものです。約100名がそれぞれ1〜5点のちりめん細工作品を提出し、約15名が井上館長の指揮の下、作品の色合わせやテーマなどを考えながら組み立てを行いました。完成した傘飾りをずらりと並べてみると、それは壮観。たくさんの方々の思いがこもっていますので、力強さに満ちた作品群です。
 お近くにお住まいの方々は、傘飾りの展示期間に小倉城庭園をお訪ね下さいませ。



NO.66
戦前戦中の中国玩具〜尾崎清次コレクションより〜     (2009.1.12 学芸員・尾崎織女)

 新しい年を迎え、皆さまにはいかがお過ごしでしょうか。今年、35回を数えた新春恒例の『全国凧あげ祭り』も天候に恵まれて無事終了し、元気いっぱい日本玩具博物館の2009年が始まりました。

 学芸室は、年明け早々、かねてより交流のある天理参考館より学芸員の方々の訪問を受け、当館が所蔵する戦前戦中の中国玩具コレクションをお目にかけました。300点を超えるそれらのコレクションは、小児科医師にして郷土玩具のコレクター、児童文化の研究者としても知られる尾崎清次氏(1893〜1979)から寄贈を受けたものです。(尾崎氏蒐集の玩具については、このホームページでも折に触れてご紹介しています。)
▲久々に登場した戦前の中国玩具
▲産地や作者名、蒐集した人名を表わす印などが、玩具の底面
 に示されています。




 中国における郷土玩具(民間玩具)は、文化大革命(1966〜1976)とその後の混乱期を経て、ほとんどすべてのものが失われ、1980年代になって国家保護の下、産地や個人が復活させた人形や玩具だけが世界に知られています。ですから、日本に残された戦前戦中の中国玩具コレクションは非常に貴重です。

 天理参考館は、大阪の財界人にして趣味家であった岸本五兵衛(1897〜1946)氏が蒐集された数多くの玩具コレクションを所蔵しておられ、その中には戦前戦中の中国玩具が含まれています。同館の担当学芸員の方々は、日本人蒐集による戦前の満州玩具(特に中国東北部=遼寧省、黒龍江省、吉林省)について調査研究を進める中で、同時代を生きた故・尾崎清次氏のコレクション内容に興味をもたれ、今回の訪問となりました。

 尾崎氏の蒐集の目的や関心についてお話ししながら、ひとつひとつの玩具を手にとって作品の色や形をご覧いただくとともに、玩具の後ろや底面に書かれた文字や商標、印やシールなどの情報も引き出していきました。
 各地の博物館が所蔵されている同時代の資料と照らし合わせて産地や作者などを同定しつつ、当時のコレクターたちの交流を明らかにし、満州やアジア諸国の郷土玩具に関心が持たれた当時の時代性をもさぐっていけるのではないか、と示唆にとんだお話を伺うことが出来、非常に充実した時間となりました。

 尾崎清次氏のご遺族からコレクションの寄贈を受けたのは昭和63(1988)年のことですが、同氏が生涯をかけて集められた資料の質は重く、量は膨大で、また広範囲に及ぶため、未整理の分野もまだまだ残されているのが現状です。
 久しぶりに光に触れた中国古玩具の数々。この機会に整理を完了しようと思い、凧あげ祭りの準備の合間を縫って、大急ぎで「尾崎清次・中国玩具コレクション」所蔵カード集を作りました。あらためて撮影し、文字情報などをチェックしていく中で、これまで見落としていたものを数多く発見することが出来ました。

 戦前満州の玩具の中から、ここでは「不倒娃」「不倒翁」と呼ばれる起き上がり小法師の代表作品を画像でお目にかけたいと思います。

▲産地(作者)は、左から=遼寧省営口/遼寧省営口/遼寧省荘河・于王民作/遼寧省荘河/遼寧省荘河市青堆子・劉本立作
▲産地は、左から=黒龍江省北安/黒龍江省北安/吉林省吉林/吉林省吉林/遼寧省遼陽

 いかがでしょうか。子宝祈願や春節(正月)の祝いとも結びつき、満州の人々の間に息づいていたこれらの品々は、それぞれに風格のある愛らしさを漂わせています。

▲清朝末期の「花嫁行列」(人形の高さ5p前後)

 当館では本年もまた、館内外でたくさんの企画展を予定しておりますが、その仕事の空き時間と整理場所をしっかり押さえつつ、未整理の玩具コレクションをひと山でも多く、カード化していくことを本年の私の課題としたいと思っています。

 なお、天理参考館(天理大学附属天理参考館)のホームページはhttp://www.sankokan.jp/ です。玩具や人形についても、貴重な資料を数多く所蔵しておられますので、どうぞまたお訪ね下さい。



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