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「ちりめん細工」の形と心

江戸末期から明治・大正時代に作られたお細工物を集め、題材、制作方法、使用目的などに照らして一点一点の作品を見てくと、ちりめん細工には、いくつかの要素が組み合わされていることに気付きます。色あわせを考え、精緻に縫いつがれたちりめん細工は、実用的な美をもっていること、日常生活の中に季節の風情を取り入れる心情が感じられること、作品の題材には、魔をよけ、服を招く意匠が選ばれたこと、子どもや家族のために制作されるものが多かったこと、作品の裏側や底などの、見えない部分にも工夫をこらし、作り手の遊び心があふれていることなどが要素として組み合わされています。

こうしたちりめん細工の性格について、「用と美の袋物」「魔よけと招福の巾着」「花鳥風月を楽しむ小袋」「人形と守り袋」「ちりめんの玩具」「遊び心の小箱と懐中物」の6つの項目に分けて探ってみたいと思います。

用と美の袋物

明治42年刊『裁縫おさいくもの』の趣旨を見ると、ちりめん細工を女学校の教材に採用する目的として、「手指の技術の向上」、「美的鑑識力の発達」、「ものを大切にする心の養成」をあげています。小さな残り布も無駄にせず、配色や形の美しさに配慮する感覚、それらを暮らしに生かす知恵と技を育てようとしたのです。

東海地方には、ちりめん細工の袋物を嫁入り箪笥の上にのせて持参する風習が最近まで残されていました。花嫁の幸福を前祝いする縁起物であると同時に、裁縫の腕前を婚家に披露する意味もあったのでしょう。

きりばめ細工の袋物

歌舞伎の外題や源氏物語などの名場面、また、福神や松竹梅、鶴亀などの吉祥文様を大胆に表現した袋物の多くは、下絵に従って縫い代をつけて布を裁ち、絵を描くように部分を縫いつないでいく「きりばめ」の手法が使われています。

きりばめ細工は、技術と根気を要する難しいもので、地域によっては、手の技を嫁ぎ先に披露するものとして、きりばめの袋物は花嫁道具と一緒に持参されました。これらを、寺院へ米や穀物を供えたり、親類知人へ祝いの米を贈ったりする入れ物として使用していた地域もあります。

【きりばめ細工】菊花に流水の袋物(明治末期)
きりばめ細工・芝居絵の袋物(明治末~大正期)
きりばめ細工・赤穂浪士の袋物 ( 明治時代 )

きりばめ細工 - 姫松と丹頂鶴(底絵・亀)の袋物(明治中~末期)

側面は、鶴と姫松が「きりばめ」の技法で縫いつがれ、底面には、亀が配された祝儀用の袋物。
近くに寄って亀を細見すると、描いた部分もありますが、脚先や尾、甲羅の部分に至るまで、すべて縫いつがれていることがわかります。 

魔よけと招福の巾着

隠れ蓑の巾着(明治末~大正期)

長い尾房をもつ蓑亀や鶴、宝船の袋物、隠れ蓑に隠れ笠などを立体化した巾着、青海波、四海波、亀甲文、菱文などをつないで作る袋物など、ちりめん細工に表現される題材の多くは、私達の祖先が、魔をよけ、幸福を招く力があると考えてきた伝統文様です。

魔よけや吉祥の意味をもった細工物を制作し、贈り物にしたり、身につけたりする風習の中には、近世社会における健康や幸福の願い方の一端が示されています。

宝尽くしの袋物

日本の伝統的な文様として親しまれてきた宝尽くしは、吉祥・招福を願うものとして器物や着物を飾ってきました。これは中国文化の影響を受け、室町時代に始まったとされます。

七宝、小槌、丁子、隠れ笠、隠れ蓑、宝袋、蔵の鍵、宝珠、巻物などが日本における代表的な宝文様ですが、地域によって、呼び名や組み合わせには違いが見られます。こうした文様を組み合わせ、また押絵という技法を用いて、巾着や袋物などが仕立てられました。

【押絵】初宮参りの守り袋・宝船(明治末期)

きりばめ細工 - 四海波袋(底絵・花菖蒲) (明治末~大正期)

「四海波」は、国の穏やかなことを祝う語。四方の海を表す四海波文様も。
また、天下の平和を寿ぐ意味が込められている。

押絵 - 菱つなぎ袋(底絵・丸鶴)(明治末期)

植物の菱の葉は、菱形をしおり、放射状にどんどんと広がっていく。
また、菱の種子は滋養、強壮、消化促進に効果があり、薬効性が古くから認められている。
こうした菱の性格に影響を受けて、菱形文様は厄をよけ、福を呼ぶものとして広く愛されてきた。

関連トピックス

子どもの祝い着

背紋飾りと紐飾り

乳幼児の「一つ身」には背縫いがないために「魔がさす」と畏れられ、後ろ身ごろ衿下中央に糸で紋をかがる「背紋飾り」が行われていました。吉祥を表わす植物や動物、器物などが背紋飾りの意匠となっています。また、紐を衿に縫い付ける位置にも、同じような吉祥文様があしらわれました。裁縫塾では、生徒たちが背紋飾りと紐飾りの見本帳を自ら製作していました。

押絵 - 背守り(金魚・宝袋・折り鶴))(明治中~末期)

大人の着物は布をはぎ合わせるため縫い目が背中に通っているが、赤ん坊や小児が身につける一つ身の着物には背に縫い目がないため、背中から魔が入ってしまうと考えられた。
十二針の背縫いを入れたり、また、このような押絵の「背守り」を付けたりして魔から子どもを守ろうとした。

背紋飾り見本帳(明治末~昭和初期/紙・絹糸)

花鳥風月を楽しむ小袋

ちりめん細工には、季節感のある作品が目立ちます。中でも四季を映す花や実、鳥や蝶、流水や魚を題材にした作品は、江戸時代からくり返し制作されてきました。

中世・近世の上流社会においては、正月、上巳、端午、七夕、重陽などの節句にしつらえる飾り物の中には、魔よけに効果があるとして香りの強い花や実を飾ったり、魔よけの力をもつ香木を袋物に入れて掛け飾ったりする風習が見られました。花や樹木、実などを題材にしたちりめん細工の中にも、こうした上流社会の風習の一端が伝えられているのかもしれません。

花と実の袋物

春は海や桜、初夏は牡丹や花菖蒲、秋は桔梗や菊、冬は椿…と、古くから日本人に親しまれてきた四季の花をかたどった袋物が制作されました。
また、柿、ホオズキ、石榴、百合根、胡瓜、唐辛子などの果物や野菜の袋物は、四季の風情を表現すると同時に、豊かな実りへの願いが託されました。

四季の花袋(明治末~大正期)
八重椿袋(明治末~大正期)

動物の袋物

春を歌う鶯や雲雀、庭に豊かさと幸せを運ぶ鶏とひよこ、夏の風情を感じさせる金魚や蝉、秋は中秋の名月を象徴する兎、冬は長寿を表す鶴や亀、吉祥に通じる福良雀などが小さな袋に作られ、香袋として、あるいは季節の飾りとして暮らしを彩ってきました。

また、ちりめん細工の題材として選ばれる動物の中には、古くから着物に描かれた文様や生活小物の意匠を取り出し、立体的に造形されたものも目立ちます。尾房がのびた蓑亀や鶴、腰の曲がった海老は、長寿、鴛鴦や蛤は夫婦和合、赤い鯛や赤い猿は健康を、それぞれに象徴しています。

子抱き猿(明治末期)
鶏袋(明治末期)
真向い兎袋(明治末期)
金魚袋(明治末期)

人形と守り袋

人形が人の身にふりかかる禍から持ち主を守ってくれるという日本古来の信仰が、「這い子人形」の中に継承されています。関西地方には、嫁入りの時に這い子袋の中に、臍の緒を入れていくと、子宝にめぐまれると伝えられる家庭もありました。

守り袋は、宮詣りの際に晴れ着の紐に結び付けて使用されるもので、明治・大正時代、関西地方では動物や人形、花などの押絵をほどこしたものに縁飾りを付けた巾着が流行しました。『女学裁縫教授書』(明治27年)は、「本来、守り袋は、その中に守護札、あるいは薬などを入れ、持ち主の子どもが道に迷ったり、不慮の事故に巻き込まれたりした折に用を為す必需品であった」と解説しています。

唐子のお細工物

幕末から明治にかけてのちりめん細工には、「唐子」、「唐人」などと呼ばれる作品が目につきます。これらは、衿や袖にフリルのついた異国風の衣装を身にまとい、つば広の帽子をかぶっていることもあります。

「唐」は朝鮮半島も含めた中国大陸全体の呼称でした。江戸時代には、「朝鮮通信使」が李氏朝鮮の文化を携えて、何度も来日しています。衣装、音楽、文学…洗練された異国の文化に魅せられた人々の間には「唐」の風俗を表す造形が流行しました。

これらの袋物は、中国大陸と朝鮮半島の風俗が混合された意匠で、子どもの健康と幸福を象徴するものとされていました。

唐子人形袋(江戸末期)
唐子人形袋(江戸末期)
【きりばめ細工】白象と唐子の袋物(底絵・寿の字)(明治初~中期)
【きりばめ細工】遊ぶ唐子の袋物(底絵・椿花)(明治中期)
袋物側面には、ピンピン鯛、独楽、鯛車で遊ぶ楽しげな唐子の姿がきりばめ細工の手法で描かれている。底面はきりばめ細工の椿花。

迷子札

桃もち童子や羽子板娘、奴さんや猫、三番叟など、高さ7~8cmほどの押絵人形に紐が付けられ、裏側には白絹や木綿が貼られています。
そこには、子どもの住所と名前が書かれます。遊びに夢中になった子ども達が生活の場を離れ、迷子になった時のためにと、明治時代の母親は、子どもの帯にこうした押絵の札を結び付けて、外へと送り出していました。

「上京区押小路東洞院東へ入ル町南側藤井熊之助 倅 為造」と墨書が入った仔犬の迷子札があります。(写真下中央、裏面を向けた作品)。

少々汚れ、使い込まれたこの迷子札を見ていると、これを提げて京都の小路を走り回っていた為造少年の姿が浮かび上がってくるようです。
小さな作品には、子どもへの愛情と生活共同体への信頼感があふれています。

ちりめんの玩具

大正5年には、「子どもにとって安全で教育上価値のある玩具を布で制作する方法を明らかにする」趣旨で、『裁縫おもちゃ集』が刊行され、女学校の教科書に採用されました。

ヨーヨーや独楽、犬張り子等、当時、日本各地で遊ばれていた郷土玩具を題材にしたかわいいおもちゃの数々が掲載されています。女学生達は将来、母となる心構えも一緒に学んでいたことでしょう。

縮緬貼りの犬(大正期)
【押絵】ガラガラ・左から 鶴、鯛、梅花(大正期)

遊び心の小箱と懐中物

櫛入れや楊枝入れなどの懐中物、また小物を収納する小箱には、見えないところにも趣向をこらしました。
蓋を開けた時の意表をつく造形に、人々は手芸の技を注いでいます。
ちりめんの小裂を縫いあわせて絵を描く「きりばめ細工」や、綿を布片で包みアップリケのように絵を浮き立たせる「押絵」などの手法が応用されています。作り手の技術の確かさと美意識の高さ、そして、豊かな遊び心を感じさせる作品です。

【押絵】牡丹の六角形小箱(明治末期)

押絵の小箱

押絵は、花鳥や人物の各部分ごとに厚紙を切り、布地で綿を包み、その部分を組み合わせて全体を形づくる手芸。
この押絵の手法を用い、蓋面を飾った小箱が幕末から明治・大正初期にかけて盛んに作られました。小物入れとして、飾り箱として、また贈り物として使用されました。

【押絵】白侘助の蔦葉形小箱(明治末~大正期)
【貼り絵】朝顔に蛤形小箱(明治末~大正期)

懐中物

幕末から明治・大正時代には、押絵やきりばめ細工の技を生かし、繊細で粋な小物入れが家庭において作られていました。
渋い色合いの覆いを開けると、花や鳥の鮮やかで斬新な文様が飛び出したり、懐紙や櫛、鏡などの小物入れを広げて組み立てると屋形船になったり…。
遊び心にあふれた懐中物です。

きりばめ細工・押絵 - 御座船形細工の懐中物

一見するところ、古典的な雰囲気を持つ懐中物。組み立てると、御座船に早変わり。
『嚢物の世界』(平野英夫著/1998年刊)によれば、御座船形の懐中物は、筥迫(はこせこ)の原型で、江戸中期に御殿女中の間で始められたものだといいます。縮緬、羽二重、金襴、羅紗などの小裂を貼りつけて精緻に細工したもので、雛飾りを組み上げるものもあったそうです。
江戸時代の完成品はほとんど残されていないため、江戸文化の薫りを伝える本作品は、非常に貴重です。

きりばめ細工 - 梅に鶯・娘・花かごの懐中物 (江戸末~明治中期)

梅枝にうぐいすが「きりばめ細工」された扉を開くと、鏡がもうけられており、愛らしい娘姿が現われます。
さらに中を開くと、花菖蒲と白牡丹を生けた花かごの絵柄が、あっと息をのむ鮮やかさで登場します。