江戸時代の薫りを伝えるちりめん細工
「江戸時代後半になると、武家や商家などの裕福な家庭の女性たちによって、花と動物の小さな袋物、巾着、人形、玩具、小箱などが裁ったちりめん(縮緬)の残り裂で作られました。これらは、香袋、お守り、宝物入れ、あるいは琴爪入れとして使用されていました。
江戸後期の風俗を書き記した『守貞謾稿』によると、京阪地方では、縮緬や他の絹裂を縫いつないで作った様々な大きさの「段袋」が流行していたこと、五色の縮緬裂を風車状につないだ「ねじり袋」、子どもの守護札などを収める巾着などが盛んに作られていたことがわかります。
このころの作品には、亀甲(六角)、七宝、菱などの吉祥文様の袋物、大陸の風俗を題材にした唐子人形の袋物、達磨や福助などおめでたい人物を題材にした小箱や巾着、きりばめ細工や押絵の手法で作られた煙草入れや楊枝入れ、懐中物など、江戸文化の薫りを伝える数々の作品があります。
女学生たちのちりめん細工
明治時代に入ると、ちりめん細工は女学校の教材として取り上げられ、女学生たちは意匠をこらして作品づくりを競い合いました。
明治27年、金田孝女が著した『女学裁縫教授書』をはじめ、『和洋裁縫大全』(明治40年刊)、『袋物細工の枝折』(明治42年刊)、『裁縫おさいくもの』(明治42年刊)、『続裁縫おさいくもの』(明治45年刊)、『裁縫おもちゃ集』(大正5年刊)など、裁縫お細工物(ちりめん細工)に特化した教科書が次々に出版され、女学校や裁縫塾などでも使用されました。
日本玩具博物館へ寄贈されたちりめん細工の中には、寄贈者本人が女学校時代、あるいは裁縫塾での修行時代に精魂込めて製作したもの、また母親や祖母の形見として、大切に保管されていた作品群がいくつもあります。
ちりめん細工で綴る日本の四季
ちりめん細工の世界では、花鳥風月や四季の風物詩をおり込んだ作品群が大きな領域をしめています。ここからは、季節感あふれる作品群によって、春夏秋冬の風情をたどります。
桜花、朝顔、菊花、水仙の花をモチーフにして製作された季節の柱飾り、季節感のあるちりめん細工を小さく作り、壁面にさげ飾れるように工夫を加えた四季のつるし飾りなど、近代的な住環境の中でも自然を感じ、「和」の伝統を楽しむ方法をご紹介します。
春から初夏のちりめん細工
春は花の季節です。菜の花、桜、桃、木蓮。春爛漫を彩る花々は、ちりめん細工の格好の題材として繰り返しとりあげられてきました。
また、春は、桃の節句で華やぐ季節。春の花々に、愛らしい小鳥や小動物をあわせた“輪さげ”や“つるし飾り”、“傘飾り”を合わせて展示します。女児の健康と幸福を願って、雛人形とともに飾って嬉しい作品の数々です。
風薫る五月は空に鯉のぼりが泳ぎ、菖蒲の花々が爽やかに開花する季節。初夏の花々は、牡丹、大山レンゲ、杜若、花菖蒲、薔薇…と華やかにちりめん細工の世界を彩ります。
また、端午の節句に合わせ、鎧かぶと、金太郎や熊、虎などの武者飾りをテーマにした作品も見どころです。
夏から初秋のちりめん細工
夏は水辺が恋しい季節です。夏の季節を題材にした作品には、金魚、蛙、蝉、紫陽花、蓮の花、朝顔などがあり、爽やかな色調のちりめんを使った作品が古くから見られます。“金魚のつるし飾り”、“朝顔のつるし飾り”をはじめ、ゆらゆらと風に揺れると、涼を感じられるよう工夫された作品をご紹介します。
また、古くは初秋の行事であった七夕の題材にした“さげ飾り”に野菜袋やほおずき袋などと合わせて展示します。
秋のちりめん細工
野山が色とりどりに美しく彩られる季節。実りの秋にふさわしいちりめん細工には、柿の実や栗の実、まつかさなどがあげられます。
菊花のちりめん細工は、古くから人気があり、重陽の節句には欠かせない題材で、大輪の菊花、繊細な糸菊、愛らしい小菊…と様々な菊花袋が製作されてきました。“糸菊のつるし飾り”や実りの秋を感じさせるつるし飾りを中心にご紹介します。
冬から新春のちりめん細工
新春を迎えるこの季節は、おめでた尽くしのちりめん細工が登場します。祝い鯛の巾着、夫婦円満を願うおしどり袋、健康長寿を祈る鶴か亀の巾着など、小さな袋物に健康や幸福への願いが込められています。
“正月を祝うつるし飾り”、“唐子と宝尽くしの傘飾り”をはじめ、おめでたいムードを演出するつるし飾りを合わせて展示します。また、雪の中で凛と咲く梅の花、山里に春を呼ぶうぐいす、春の訪れを告げる椿の花を題材にした作品の数々もご紹介します。
ちりめんで作るおもちゃと人形
大正時代には女学校の教科書 として、「子どもにとって安全で教育上価値のある玩具を布で製作する方法を明らかにする」という趣旨で『裁縫おもちゃ集』(大正5年・大倉書店刊)が著され、でんでん太鼓や風車、犬張り子などの郷土玩具の形を取り入れたちりめん細工の玩具が数多く誕生しました。この趣旨を受けて復元・創作されたちりめん細工の玩具を集めてご紹介します。
犬張り子、人形や動物のお手玉、傘独楽、串馬、とんだりはねたり、桃とり猿、花独楽など、日本の伝統玩具が、やさしい風合いをもつ縮緬によってよみがえりました。
ちりめん細工の袋物と小箱
日本玩具博物館が復興活動に取り組み始めた頃から、縫い方や配色の基本を学べるものとして大切に取り上げてきたのが伝承文様の袋物です。市松文様、亀甲文様、立涌文様、桧垣文様、七宝文様など、色とりどりの小裂を縫い合わせて外袋を形づくり、中に内袋を仕込んで仕上げます。小裂の接ぎ方や取り合わせ方によって、同じ文様の袋物でも異なる表情が楽しめます。
また、小箱は収集した古作品をもとに“押絵”の技法を用いて再現したものですが、今の暮らしに生かせるよう模様や色調を変化させています。